第3章 Bcl-2ファミリータンパク質によるプログラム細胞死の制御
https://gyazo.com/9736a0b8ee97d1b626cf3f00ea915f6e
キーポイント
アポトーシスの実行にはBaxサブファミリーの活性化が、原則として必要である Bcl-2サブファミリーは、アポトーシスのみならず一部のネクローシスやオートファジー様細胞死をも調節しうる はじめに
1988年にVaux, 続いて辻本がBcl-2のアポトーシス抑制機能を報告して以来、多くののアポトーシスを誘導する系においてBcl-2の保護効果が報告されてきた さらに、Bcl-2類似の構造を有する30以上のタンパク質が発見され、一群のファミリーを形成していることが明らかとなった
1. ミトコンドリアの膜透過性変化がアポトーシスのon/offを決定する
https://gyazo.com/7c27fe8f26a69edb9fd3c930370fa3fb
アポトーシスは様々な刺激によって誘導されるが、各刺激によって活性化されたアポトーシスシグナルは、最終的にはほとんどすべての細胞死に共通のマシナリーに集約される Bcl-2ファミリータンパク質は主にミトコンドリアの膜透過性を制御し、これらアポトーシス誘導タンパク質の細胞質への漏出を調節することによってアポトーシスシグナルのon/offを決定している 2. Bcl-2ファミリータンパク質にはアポトーシスを抑制するものと促進するものがある
2-1. Bcl-2ファミリータンパク質の構造と分類
https://gyazo.com/2eecc55caef77f688eecf215470605cf
Bcl-2ファミリータンパク質はその機能と構造から3つのグループに分類される
ミトコンドリアなどのオルガネラ膜や細胞膜に局在するために必要なアミノ酸領域 主に疎水性アミノ酸で構成されており、この部位のアミノ酸を欠如すると膜に局在しなくなる Bcl-2ファミリータンパク質の膜アンカードメインはカルボキシ末端に存在し、この部分を欠損させると、タンパク質はその機能を失うことが知られている また、C末端の疎水性領域を有している
このグループはBH3のみを有しているためBH3-onlyタンパク質と呼ばれる C末端の疎水性領域を有しているメンバー(Bikなど)とそうでないメンバー(Bidなど)の両方がある これら3つのグループのうち、BH3-onlyタンパク質はBcl-2サブファミリーやBaxサブファミリーの上流に位置し、これらの分子と直接結合することによって、その機能をそれぞれネガティブ、ポジティブに調節している
すなわち、上流のアポトーシスシグナルをミトコンドリアに伝えるシグナル伝達タンパク質として機能している
Baxサブファミリーはアポトーシス時のミトコンドリア膜透過性亢進に必須の分子として考えられている
Bcl-2サブファミリーはBaxサブファミリーやBH3-onlyタンパク質と直接結合し、これらを抑制的に調節している
このような諸反応の相対として、アポトーシス促進タンパク質の活性が抑制タンパク質の活性を凌駕した場合に膜透過性亢進が誘導され、アポトーシスが実行される
https://gyazo.com/1b4fca36099c5fdb8dadd255fad01ac9
2-1. BHドメインの機能
Bcl-2ファミリータンパク質の結合にはBHドメイン1~3が用いられる
すなわち、Bcl-2サブファミリーのBH1とBH2が受け皿様の構造をとり、BaxサブファミリーやBH3-onlyタンパク質のBH3がそこに結合するような構造をとっている
ただし、アポトーシス制御にこのチャネル機能がどの程度寄与しているかは不明
BH4ドメインはBcl-2サブファミリーに属する分子に特異的に存在しており、アポトーシス抑制に必須の領域 これは、BH4ドメインを欠損させた変異Bcl-2/Bcl-xLが抗アポトーシス活性を有さないこと、BH4ペプチド単独で抗アポトーシス活性を発揮しうることより明らか
またBH3ドメインはBH3-onlyタンパク質やBaxサブファミリーのアポトーシス誘導活性に必須の領域
3. BH3-onlyタンパク質はアポトーシス実行の引き金となる
BH3-onlyタンパク質には、他の2つのサブファミリーより多種類の分子が存在している
これはアポトーシス刺激の種類に応じて、種々の分子が使い分けられているためと考えられている
また、BH3-onlyタンパク質の多くは、正常状態ではミトコンドリアに局在しておらず、アポトーシス刺激に特異的な個々の制御を受けてミトコンドリアに集積する
BH3-onlyタンパク質はBcl-2サブファミリーとBaxサブファミリーを直接の標的分子としている
しかしながら、BH3-onlyタンパク質とBcl-2サブファミリーとの結合は強く安定的に観察されるのに対し、Baxサブファミリーとの結合は観察されにくい
このため後者に関しては、一過性に結合し解離する(ヒットアンドラン)というモデルが提唱されている また、BH3-onlyタンパク質の中でBcl-2サブファミリーに結合する分子(Bad, Bik)とBaxサブファミリー(Bid, Bim)に結合する分子に分類できるというモデルも提唱されている
いずれにせよ、Bax/Bak両ノックアウトマウス由来の線維芽細胞にBH3-onlyタンパク質を過剰発現しても細胞死は惹起されないことにより、BH3-onlyタンパク質が細胞死誘導機能を発揮するためにはBaxサブファミリーの存在が不可欠 table:Bcl-2ファミリーのノックアウトマウスにおける異常の比較
Bcl-2 Bcl-x Bax/Bak Bim
寿命 生後2~5週 胎生13日 周産期 半数は胎生10日目で死亡
リンパ球異常 減少 減少 増加 増加
神経異常 著明な異常はなし 強いアポトーシス 細胞増加 正常
このマウスは約半数が胎生致死(胎生10日目で死亡)であり、出生してきたマウスにおいては血球系、リンパ球系細胞が過剰に観察される また、自己免疫性腎炎が観察されることから、Bimは主に血球、リンパ球系の生理的なアポトーシスに関与しているものと考えられる
実際、Bimノックアウトマウスのリンパ球は多くのアポトーシス刺激に抵抗性を示す Bim以外のノックアウトマウスに関しても、表現型の異常こそ見られないものの、個別のアポトーシス刺激に対しては特異的な抵抗性を示す
またBidノックアウトマウスにおいてはFasを介したアポトーシスが誘導されにくい これらの事実はBH3-onlyタンパク質が個々のアポトーシスの刺激特異性に機能していることを示すもの
4. Bax/Bakの活性化機構
BaxやBakの単独ノックアウトマウスは、表現型の異常がほとんどみられない
しかしながら、両者をノックアウトしたマウスは約90%が胎生致死(周産期に死亡)であり、生まれてきたマウスにおいてはリンパ節、胸腺、脾臓の腫大や過剰な神経細胞が観察される また、Bax/Bak両ノックアウトマウスの胸腺細胞や胎仔線維芽細胞はミトコンドリアを経由する多くのアポトーシス刺激に対して、ほぼ完全に抵抗性を示す これらの事実により、アポトーシス時のミトコンドリア膜透過性亢進(すなわちアポトーシス誘導)にはBax/Bakのいずれかの分子の活性化が必須であると考えられている 正常細胞中では、Baxは細胞質中に不活性型の単量体で存在しており、アポトーシス刺激によりミトコンドリアに移行し活性化(多量体化)する(ミトコンドリア移行と多量体化の順序は明らかではない) この分子機構は十分明らかにされているわけではないが、我々は以下のことを報告している
②アポトーシスの刺激を受けると、14-3-3タンパク質はカスパーゼによる切断やJNKによるリン酸化などの修飾を受け、Baxとの解離が惹起される ③その結果、BaxはC末端の疎水領域が露出してミトコンドリア膜に移行し、BH3-onlyタンパク質の作用と相まって多量体(活性型)となる
同様なBax保持機能を有する分子としてKu70の関与も報告されている 一方、Baxは正常細胞中でミトコンドリア膜に不活性型(単量体)で存在している
このように、ミトコンドリアの膜透過性亢進にはBax/Bakの多量体化が必要であると考えられるが、多量体化のみで十分であろうか?
この問題に関しては統一的な見解は形成されておらず以下に示す4つの節が提唱されている
①多量体化したBax/Bakのみによりミトコンドリア外膜にチャネルが形成され、そこをシトクロムcが通る
③Baxがミトコンドリア外膜のVDACチャネルと結合し、大きなチャネルを形成する
PTとはカルシウム存在下に、ミトコンドリアの膜電位低下(内膜透過性亢進)やシトクロムc漏出(外膜透過性亢進)が誘導される現象である その結果、見出したこと
①CypDノックアウトマウス由来のミトコンドリア(すなわちPTが起こらないミトコンドリア)においても、アポトーシス時の膜透過性亢進現象が正常に観察されること ②このマウス由来の胎仔線維芽細胞、胸腺細胞、肝細胞はいずれも正常にアポトーシスが誘導されること
これらの結果により、PTはBax/Bakが関与するミトコンドリア膜透過性亢進機構(すなわち、アポトーシス)には直接関与していないものと思われる
残りの3つの説のうち、いずれが正しいかは今後の検討が必要
われわれはVDACが何らかの形でBaxを介したアポトーシスに関与していることは間違いないものと考えている ①VDACノックアウト酵母のミトコンドリアでBaxの作用が見られないこと
5. Bcl-2/Bcl-xLの多様な機能
5-1. アポトーシスの抑制
また、この際にミトコンドリア膜透過性亢進が観察されないことより、Bcl-2/Bcl-xLのアポトーシス抑制活性は、主にミトコンドリア膜透過性制御によっていると考えられている
Bcl-2/Bcl-xLのアポトーシス抑制機能は生理的にも観察されており、Bcl-2ノックアウトマウスではアポトーシスの亢進により発育不良、多嚢胞腎による腎不全、リンパ系組織や腸上皮の萎縮などの異常が観察される また、Bcl-xのノックアウトマウスは胎生期に神経細胞や血球系の異常なアポトーシスで死亡する また、Bax/Bak両ノックアウトマウスの表現型はBcl-2やBcl-xLのトランスジェニックマウスのそれらと類似していること、前述のBimノックアウトマウスとBcl-2ノックアウトマウスを交配して得られたBim+/-:Bcl-2-/-マウスやBim-/-マウスにおいてはBcl-2ノックアウトマウスの表現型がほとんど観察されなくなる(一方、Bimノックアウトマウスの表現型はおおむね維持されている)ことより、Bcl-2サブファミリーとBaxサブファミリー/BH3-onlyタンパク質がお互い抑制的に調節しあってアポトーシスを制御していることが伺える 5-2. 非アポトーシス細胞死の制御
一方、Bcl-2サブファミリーには以下のようなアポトーシス制御以外の機能も少なからず報告されており、その多くはBaxサブファミリーやBH3-onlyタンパク質とは独立に機能している
1. オートファジーあるいはオートファジー様細胞死を制御する
最近われわれは、Bax/Bak両ノックアウト細胞(この細胞はアポトーシスは起こらない)にアポトーシス刺激を加えると、オートファジーマシナリーを使った細胞死が誘導されることを見出した
また、Bcl-2/Bcl-xLはオートファジー実行タンパク質であるBeclin 1を介して、この細胞死を調節していることも併せて明らかにした 2. ミトコンドリアのpermeability transition(PT)を制御する
前述したミトコンドリアのPTは、BaxサブファミリーやBH3-onlyタンパク質による直接的な制御は受けないが、Bcl-2/Bcl-xLの過剰発現により部分的に抑制される
虚血性ネクローシスが、Bcl-2の過剰発現により一部抑制される事実が多数報告されているが、われわれはPTの制御を介した作用であると推察されている 3. ゲノムの突然変異率を上昇させる
Bcl-2/Bcl-xLはがん遺伝子の一つであるが、細胞死抑制機能以外にゲノムの突然変異率を上昇させることによりがん化に寄与している可能性が報告されている Bcl-2/Bcl-xLを過剰発現した細胞では、細胞死抑制機能とは独立にG0からG1へのエントリーが遅れることが報告されている メカニズムは明らかではないが、CDK2活性の調節やP27の発現上昇などがその原因の一つと考えられている ERのカルシウム調節チャネルタンパク質であるSERCAやIP3レセプターに直接結合し、ERで保持しているカルシウム量を低下させる このカルシウムレベルの変化はストレス時の細胞質カルシウム量の低下に寄与し、ひいては細胞死を緩和させる
この系には、BaxサブファミリーやBH3-onlyタンパク質の関与も報告されている
6. その他
これらの事実を勘案すると、Bcl-2サブファミリーはアポトーシスの制御を主な機能としながらも、一部のネクローシスやオートファジー様細胞死などの生理的な細胞死を幅広く調節していることがわかる
また、細胞死と分化、増殖はお互い巧妙に調節しあって発生やホメオスタシス(恒常性)の維持に寄与していると考えられているが、Bcl-2サブファミリーは細胞死のシグナルを分化や増殖のシグナルに伝達している可能性も考えられる